【特別篇】新たな年にむけて、そして新たな地平へ
〈日常生活のパラダイム(規範)の中で、人々は時として“渇き”を感じる。おどろおどろしい極彩色の現代、この“渇き”こそが色褪せた日常を突破できるエネルギー源である。〉
日本の港に停泊する豪華客船での新形コロナウイルス感染拡大がニュースになったのは、今年2月のことでした。以後今日まで続くパンデミックによって世界の事情は激変し、NPO-WFAOも全ての事業が中止や制約を余儀なくされてきました。
不安や閉塞感が世界を覆う中、それでも懸命に活動を続けようとするアジアの仲間たちを、NPO-WFAOでは〈ポストコロナ時代の音楽活動〉と題したWeb連載で紹介してきました。
また他方で、活動ができない時期だからこそ改めて内省的な面に目を転じ、活動の本質や意義を深く探究することが、ポストコロナ時代に向けた新たな創造への羅針盤となることを願い、この「森下元康の活動論」の連載を始めました。
ここまで連載をお読みいただき既にお気づきだと思いますが、森下元康が唱え続けたのは、アマチュアオーケストラが単なる趣味や嗜好、自己顕示の場ではなく、社会的な文化活動であるための基軸でした。演奏の技術レベルや完成度を第一義とするのではなく、その背後にある広大な思想や歴史、豊饒な文化を深く感受し、そしてオーケストラという優れた共同体での研鑽によって人間性の完成への秩序を求め、人と人との「和」を紡ぎだすことを目指していました。森下元康の言葉は、地道な道を歩く私たちの一歩一歩を、必ず照らし続けてくれるものと信じています。
森下元康が奏でた音楽を、音楽評論家の梅津時比古氏はこう評しています。
「森下先生はオーケストラの色の表現に、しばしば『古今集』の色を求めた。芸術への視野を広げるために最も重要な、他の芸術との混交ということが、そこにおいて自然になされたのであろう。日本の文学表現のアイデンティティと、ヨーロッパの音楽表現のアイデンティティとを一体にするという、まさに想像を絶することを、森下先生は追い求められていたのではないだろうか。」
連載をご愛読いただき心から感謝申し上げます。本年最後の連載は【特別篇】として、森下元康が「豊橋交響楽団」を指揮した演奏、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」をお届けしたいと思います。森下は演奏を始める前に、「その人のことを想うと、胸があたたかくなってくる。そんな大切な方々、お世話になった方々のことを想いながら演奏したいと思います。」と、聴衆に語りかけました。
森下元康が最も大切にしていたのは、人との出会いや繋がり、そして温もりだったのではないかと感じます。コロナ禍によって人々の集いがどんなに制約されても、心の繋がりは決して離れない活動を、NPO-WFAOは目指していきたいと思っています。
来たる2021年が、世界中の音楽人にとって笑顔の年となることを心から願い、静かな祈りとともに本年の連載を締めくくりたいと思います。そして来年も、引き続きご愛読いただけましたら幸いです。
2020年12月30日
NPO-WFAO