【第5回】TYOC参加者へのメッセージ・青少年のための活動論①
〈美しい心のアンサンブルを目指すことこそが、次の世紀の文明を創りあげる鍵なのです。〉
これから先、国や民族の垣根がしだいになくなっていき、ニューコスモポリタンが登場するでしょうが、そうなれば共通の言語を話すことなどはもう当り前で、それよりももっと大切なことに目が向けられるでしょう。それは『美意識』を共有することです。絵画や彫刻への感動が語り合えたり、交響曲の一節を共に歌ったり、チャンスがあれば、諸君のように美しい心のアンサンブルを目指すことこそが、次の世紀の文明を創りあげる鍵なのです。
どうか日々の小さいことに押しつぶされず、感受性豊かな青春時代に、全国はもちろんのこと、世界の多くの国に友人を作り、いついつまでも同じ体験をした楽友として付き合っていってください。
〈1995年3月〉
オーケストラの一員になるということは、人間の存在にかかわる最も大切なものを、いやがおうでもクリアさせられる立場に立つということです。つまり自分自身の努力や向上心があることと、他のプレーヤーに対しいかに自分を調和させていくかということです。自立心や自尊心がないようななさけない奏者ではいけませんし、人の音楽が聞こえていない奏者も困り者です。自立と協調という最も人間らしいことに打ち込もう。そこには言葉や国境の壁はすでにありません。音楽に集中しよう。いろいろな青春の悩みを一時忘れて。
〈1996年3月〉
国が豊かになり、昔では信じられないような高価な楽器を君たちが持っている現在、物のなかった時代の少年たちから、多少のねたみとうらやましさをこめて贈ることばがあります。
・君の楽器は君にとってどのくらい貴重なものなのでしょう。
・君の楽器で君は夢を語ることができるだけの訓練を積みつつありますか。
・君の楽器で君は何人の友人を持つことができましたか。
・君の楽器で君は人を感動させようと思っていますか。
・君の楽器を通して、又音楽を通して、音楽以外のことを学ぼうとしていますか。
・君の楽器と君はこれからの人生の旅を共に歩いていきますか。
これから長い人生の道程を“旅する”君たちの“旅のはじめ”に、このTYOCが役に立てば幸いです。そして、私と同じように貧しい時代を耐えてきたかつての青少年が、君たちの旅を見守っていることも忘れないでほしいのです。
〈1986年3月〉
君たちは成長とともにある程度の妥協や、心底から真実だと思えることを表現することへの、ためらいを身につけていきます。そのことは俗に言われる『大人になること』と同等の意味ですが、そうしないと周囲と折り合っていけないという生活の知恵でもあります。
しかし、心ならずもそのように穏やかに過ごそうとしても、どうしても避けて通れないことがあります。それは、理屈抜きで何かを魂が震えるくらい好きになったり、時に失望したり、挫折や孤独の中で自分を支えてくれるものを見つけることができるのかということです。クラシック音楽やオーケストラが、果たして君たちにとって心の支えになるかどうかはわかりません。ただひとつ言えることは、君たちが触れる作品群は長い時代と国を超えて残ってきた力のある芸術作品で、そこには人間の叡智が凝縮されています。
音楽をやっていること、オーケストラで楽器を演奏していることが重要ではなく、順風万帆とはいかないこの人生を生き抜くためには、自分のコアへ常に目を向け、語りかけ続けなければなりません。だれものぞき見ることはできない君のコアへの旅の道連れとして、このTYOCの体験が生かされるよう祈ります。
〈2006年3月〉
青少年たちには、なるべく古典にふれてほしいのです。『万葉集』の中の恋の歌を読んでごらん。千年以上の時をあっというまに越えて、当時の若者のせつない息吹が聞こえてきます。クラシックの名曲を聴いてごらん。時代どころか、地球上どこへも瞬時に移動できます。知識としてではなく、そこに生きた人々の鼓動を感じることです。
〈2004年4月〉
少年時代の私たちには、クラシック音楽は無縁のものでした。しかし、中学校の教室のスピーカーで聴いた『スラヴ行進曲』のメロディーは、何か私の夢幻的な憧れのようなものを一気に表わしてくれたような気がして、椅子の上に立ってスピーカーに耳を近づけた覚えがあります。そうした事から考えますと、私をクラシック音楽に向わせたのは音楽の体験ではなく、文学的な背景であったように思えます。
世の中の流行や傾向におし流されることなく、「何か本物をみつけたい」と考える諸君、もう一度改めて、時代も国境も性別も年令ものりこえて来た、このクラシック作品の方へ顔を向けてごらん。“飢え”が物の場合でも心の場合でも、それがある時、人は生きている強さを試されているのだから。そして“飢え”から生まれた活力が、君の青春時代の“夢”へ君自身を引っ張っていくことを、心から祈ります。
〈1980年5月〉