【演奏篇③】ヴァイオリン神話への挑戦

〈豊橋交響楽団は信じられないほど恵まれた誕生をしました。周囲の人や豊橋という地域社会が、どこまでこのオーケストラに手をかけて育ててくれるか、それは私たち当事者の誇りと感謝の気持ちにかかっています。〉

 市民オーケストラの結成から9年、いよいよアコーディオンからヴァイオリン・ヴィオラへの転換の物語が始まります。それは、生まれて初めてヴァイオリンを手にした中学1年生が、3年後にはブラームスの交響曲を演奏するという果敢な物語であり、「ヴァイオリンは子供の頃から学ばないと弾けない」という神話への挑戦でした。
 そして物語を結実した森下は、その喜びをこう綴っています。
 その日が来ました。私にとっては、オーケストラを志向した大学生の頃から 20年目のことです。
 思い切ってシンプルな、悪い言葉で言えば短期栽培法とも言えるやり方で、3年3ヶ月後にブラームスの交響曲第1番を熱演、“純情苛烈”と評され、「豊橋交響楽団」として再デビューをすることができました。ちなみに、当日のヴァイオリン・ヴィオラの主力である少年少女は、全員中学に入ってからの楽器経験であり、3年3ヶ月が18名、2年3ヶ月が18名という内訳でした。

 いよいよ本格的なオーケストラとして華々しく再デビューを果たした陰には、アコーディオンに青春をかけ、辛苦を共にしてきたメンバーとの別れがありました。森下はひとり慟哭します。「私の中で何かが失われていった。人生には取り戻すことのできないものがあまりに多い」。
 ありがとう、アコーディオン。
 さようなら、リードフィル。

ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
 指揮:森下 元康
 豊橋交響楽団
 第2回東京公演(1978年7月21日)

 今回の演奏は、ヴァイオリン・ヴィオラを導入した新生「豊橋交響楽団」が、その2年後に再度挙行した「第2回東京公演」での演奏です。
 雑誌『音楽の友』の記事は、公演の様子をこう伝えています。
 森下氏のダイナミックな指揮ぶりは、明らかに団員に抱いた慈愛に満ちている。アンサンブルの緻密さ、ダイナミズムの的確さなど、とても平均年齢17.5歳のアマチュアオーケストラとは思えない熱演だ。初めて豊橋交響楽団を聴いた記者は半ば茫然、興奮で背中がゾクゾクとしたのもしばしばだった。