〈ポストコロナ時代の音楽活動-アジア〉 Vol.5

南アジアオーケストラ協会(SASF)* のバーチャル化

南アジアオーケストラ協会(SASF)

 コロナの世界的感染拡大は、音楽家に新しいタイプの音楽作りを試みさせ、そのフロンティア精神を切り開く機会を与えてくれました。現在のテクノロジーのレベルでは、これはかなり難しく、効率的ではありませんが、私たちの生活の中での音楽や芸術の価値の大きさを浮き彫りにしています。このような時だからこそ、私たちは愛する人たちの温かさや絆を切望し、芸術はその複雑な感情に対処する手助けをしてくれるのです。南アジアオーケストラ協会(SASF)も音楽を再開し、芸術をめぐるコミュニケーションを生き生きとさせるために、オンライン化を始めました。

 南アジアオーケストラ協会(SASF)は、バンガロール国際センター(BIC)とのコラボレーションで、ニルパマ・メノン・ラオ女史*が、著名なパキスタン人歌手で小説家のアリ・セティ氏と共に、南アジアの音楽と、その壁を越えて人々を結びつける音楽の役割についてのディスカッションを行いました。「Talking South Asia 南アジアを語る」と題されたこの対談では、南アジアのアイデンティティの独自性が強調されました。対談のビデオはYouTubeのこちら、およびThe Wireで全文をご覧いただけます。(英語)

https://thewire.in/the-arts/talking-south-asia-nirupama-menon-rao-ali-sethi

 南アジアオーケストラ協会(SASF)とバンガロール国際センター(BIC)ともう一つ別のコラボレーションでは、著名なバイオリニストであり、サンディエゴ交響楽団のコンサート解説者でもあるヌビ・メータ氏が、「困難な時代における音楽の力」について語りました。

音楽は意識的な思考をバイパスとして、人間の心の潜在意識の奥底に到達するユニークな能力を持っています。プラトン、老子とカリール・ジブラン*は、彼らの著作の中で芸術、特に音楽に含まれている「真実の種」を示しています。プラトンは「音楽は宇宙に魂を与え、心に翼を与え、想像力に飛翔を与え、生命とあらゆるものに魅力と喜びを与える」と、音楽を道徳的な法則であると説いています。絶え間なく続くソーシャルメディアやニュースの流れに圧倒される危険に晒されている現代において、音楽は安堵感と人と人との絆の空間を提供してくれます。メータ氏は、彼らの音楽に込められたコミュニティの真実と歴史を探りながら「音楽における作り上げられたメロディーは、何段落にも及ぶ言葉を聞き手に伝えるよりも、あなたの地域や歴史についてもっと多くのことを語ってくれます。 音楽は言葉よりも、より多く人生を語ってくれるのです。あなたが、いつどこにいるのか?例えば、ショスタコーヴィチの交響曲は、スターリンの恐怖支配とナチスのソ連への脅威の時流を捉えています。悲しみ、痛み、怒り、苦しみ、悲劇などが透けて見えます、ショスタコーヴィチの皮肉とウィットも、音楽の中に見い出すことができます。」 メータ氏はまた、《屋根の上のバイオリン弾き》の作曲者ジェリー・ボック、ドヴォルザークとマーラーによる音楽を取り上げ、窮地を音楽の力で救うことも述べています。詳しくは、下記のビデオを是非、御覧ください。

 南アジアオーケストラ協会(SASF)は、ニュースレター「アコード」の発行を開始しました。過去や今後のイベントについての情報、南アジアの音楽家のインタビューや彼らの仕事や生活についても触れています。ニュースレーター第1号と第2号では、ホルン奏者のニバンティ・カルナラットネとコントラバス奏者のサーディ・ザインを紹介しています。また、音楽に関する記事や、南アジアの様々な地域の民族音楽や楽器についての情報も掲載しています。ニュースレターはこちらから読むことができます。(英語)
Issue #1: https://mailchi.mp/0a2373aee6ea/newsletter-july-2020-in-lockdown
Issue #2: https://us10.campaign-archive.com/?u=e352f9b6f99ba82118f0b7216&id=da01245f64

 南アジアオーケストラ協会(SASF)の最新のコラボレーションは、ニューデリーにある独立系の公共政策シンクタンクであるブルッキングス・インディア(現社会経済進歩センター)との協力です。そのブルッキングス・インディア(現社会経済進歩センター)の中で「地域接続性イニシアティブ」を管轄する《サンバンダSambandh》は、インドとその近隣諸国との関係を理解するために、データに基づいた調査と分析を行っています。その《サンバンダ Sambandh》のコンスタンティノ・ザビエル氏と彼の若い研究者チームは、ラオ女史と仮想的、且つ非公式な協議を行い、南アジアオーケストラ協会(SASF)の発起に於いて、ラオ女史自身の外交経歴とその地域との密接な関係を辿りました。ラオ女史は、ウィーン、コロンボ、ワシントン、モスクワ、リマで外交官を務め、インド外務省でインドと近隣諸国との関係を担当した経験から、「文化、特に音楽に於いては、人々の心を一つにし、共感の感覚とお互いの声に耳を傾ける能力を養う上で、強力な役割を果たすことができる」と、南アジアで共有する人間性の核心を痛切に感じています。また、ラオ女史は、スリランカの故ラクシュマン・カディルガマル外相がよく口にしていた、「南アジアは整数である」という言葉が印象に残っていること述べています。共感と人と人とのつながりを促進するこれらの考えから、南アジアオーケストラ協会(SASF)は発足し、今年の7月に2周年を迎えました。南アジアオーケストラ協会(SASF)は今後もブルッキングス・インディア(現社会経済進歩センター)との対話を続け、南アジア地域とのつながりを強化していきたいと考えています。

 最後に、南アジアオーケストラ協会(SASF)は独自のバーチャル・オーケストラ・プロジェクトに取り組んでいます。共に音楽作りを行うことは、音楽家が一緒にいるかどうかに関わらず、バーチャルで離れていようが、共に音楽作りをできることが音楽家の活動を継続させると信じています。音楽とビデオは近日中に公開される予定です。

〈注釈〉
*南アジアオーケストラ協会(SASF)は、音楽を通じた南アジアの平和と相互理解の構築を目指し、2018年に設立。参加国は、アフガニスタン、バングラデシュ、ブータン、インド、モルディブ、ネパール、パキスタン、スリランカの8カ国。
ホームページ :https://symphonyofsouthasia.org/
*カリール・ジブラン(1883-1931)レバノンの詩人
*ニルパマ・メノン・ラオ:南アジアオーケストラ協会(SASF)創設者。2009年から2011年までインドの外務大臣を務めた他、在米・在中・在スリランカ大使(高等弁務官)を務めた。これまでに、ワシントンDCの報道・情報・文化大臣、モスクワの副主席公使、MEAの東アジア・対外広報担当共同秘書官、人事部長、駐ペルー・中国大使、スリランカ高等弁務官などを歴任した。